そう言う源治の圧しの利きすぎた沢庵みたいに皺寄つた眼尻はうつすらと濡れていた。
恋に狂つた蛙の声が一際やかましい夜が来た。昼の間は互いに顔をそむけて素知らぬ風をしていたが、寝床に入ると佐太郎はソツと初世の手をひいた。
「俺の家に来るつもりなら、戦地に出かける前にそう言えばよかつたろう」
「まさか」
「口で言わなくてもさ[#「言わなくてもさ」は底本では「言はなくてもさ」]」
「しましたよ」
荒れてはいるが熱い手が、佐太郎のそれを握り返して来た。
「嘘言え」
「本当ですよ」
「いつ――どこで」
「わからないつて――この人は――そら、草刈に行つたとき百合の花をやつたでしよう」
なるほど、そう言えばそんなことがあつたのを、佐太郎は記憶の底から引ツぱり出した。あの神明社のお祭の少しあと、稲刈にかかる前の山の草刈で、馬の背に刈草をつけての戻り路、佐太郎は途中で自分の家の馬におくれて歩いている初世を追い越した。
初世の手には、何本かの真赤な山百合の花が握られていた。
「きれいだな」
と、思わず[#「思わず」は底本では「思はず」]振り返つた途端、初世はバタ/\と追いかけて来て、黙つて百合の花
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