ガツシリとしている。途中の小川で洗つて来たらしい栗毛は、背中や腹はきれいになつているが、胸や尻には、代掻えで跳ね上つた泥が白く乾いている。初世の胸許や前垂も泥でよごれていた。
 馬をひいた初世の姿は、やがて佐太郎の家のなかに消えた。ヒツソリとしていた家の厩のあたりから、馬草を刻む音がきこえはじめた。
 これはいつたいどうしたことだろう。どうも不思議だつた。恐らく初世は、近所の誰かの家に嫁いで来ているか、または仕事の手伝いに来ているかして、近くの田圃に出ている源治から栗毛をひいて行つてくれるように頼まれたというようなことだろう。そうだ、それにちがいない。馬草をやつて直きに家から出て行くにちがいない。
 そう考えて、佐太郎は待つた。
 ザツ/\と馬草を切る音は止んだ。それでも女の姿は家から出て来ない。
 三分、四分、五分――ついに佐太郎はしびれをきらして、折り敷いた熊笹から腰を上げた。丘を降りた重い軍靴の音が、家の戸口から薄暗い土間に消えて行つた。
 源治たちより一足先に田圃から上つて来た初世は、水屋で昼飯の仕度にかかつていたが、折からの重い靴音を聞いて、戸口の方を振り返つた。
 と、初世
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