伴れて行つて下さい!」
 Bが猶ほ真面目な顔で沈黙を続けてゐるのを見て、時子は溜息をついて、「私だつて旦那がいやぢやないんです。いやではとてもこんなにしてはゐられはしません。しかし本当にはそれより矢張貴方の方が好いんですものね…………。貴方だつてさうでせう? 奥さんがいやぢやないんでせう。しかし奥様よりも私の方が好いんですもの……。何故、好い同志がかうして離れてゐなくつてはならないんでせう。二人一緒になれば、眼に見えて好いことがちやんとわかつて居りながら――」
「…………」
 Bは答への代りに、二三歩近寄つていきなり女をかき抱いた。時子も強くBを抱き緊めた。いつか男の眼からは涙が流れた。女は低い欷歔《すゝりなき》の音を立てた。

         二

「それで、そのアンナといふ女はこのハルピンにゐるの?」
「さう――」
「ハルピンの何処に?」
「何でも郊外ださうだ。エスカスとかいふところがあるかね?」
「あるわ」
「何処だえ、それは?」
「川の向うですがね。避難民などがゐるところですがね……。そこにゐるんですか?」
「さうだ。それを是非訪ねなければならないのだ……。このハルピンに来
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