けいちょう》すべき食物話が乏しくなったことは晩年の私を淋《さび》しがらせる。この点でも私は孤独だ。
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 料理研究家と称される人々が昨日に今日にテレビで料理講習をやっている。美味と感ずるもののなかで視覚にたよるものが大《だい》な料理なのに、テレビ料理に出てくる先生というのが、調理するのに腕時計・指輪をはめたまま、ひどいのになると、ご丁寧《ていねい》にも爪紅《つまべに》までしている。こんなのを見ると、食欲減退である。それに料理研究家が揃《そろ》いも揃って爺《じい》さん婆《ばあ》さんなので、テレビで大写しにされる手が、これまた揃いも揃って薄汚い。料理はもともと理《ことわり》を料《はか》ると書く通り、美味《うま》い不味《まず》いを云々《うんぬん》するなら、美味の理について、もっと深く心致さねばなるまい。
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「綺麗《きれい》に盛りつけます」という言葉に誘われて、食器はと見れば、これまたガラクタばかり。食器は料理の衣裳《いしょう》だということを、ご婦人講師さんとくとお考えあれ。
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 衰える食器。今日、大方《おおかた》の日本料理がわれわれに満足を与えない状態にある。これすなわち、食器の衰えは、料理界の衰えの影響であるといい得られるのである。
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 新鮮に勝る美味なし。
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 自然の栄養価値、栄養の集成が味の素である。
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 低級な人は低級な味を好み、低級な料理と交わって安堵《あんど》し、また低級な料理をつくる。
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 京都は、昔から料理がもっともよく発達していた。ここには長く皇居があった。しかも、四周《ししゅう》山々に囲まれて、料理の料理とすべき海産の新鮮なさかながなかった。ここに与えられた材料は、豆腐、湯葉《ゆば》、ぜんまいなどであった。この一見まずい材料をもってして、貴族、名門の口を潤《うるお》すべき料理を考案しなければならなかった。こうした材料、こうした土地柄が、立派な料理の花を咲かせたのは理の当然といえよう。
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 まぐろはいつ頃、どこで獲《と》れたのが美味いとか、たいはどうして食べるべきであるとかいうようなことを知っているのが、いかにも料理の通人《つうじん》のごとく思われている。
 だが料理はそんなものではない。ほんとうに美味いものを食べたいと思う食通は、まず飯《めし》を吟味《ぎんみ》
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