《せいき》は消え去ってしまった。
それからみると、支店の主人みっちゃんは年齢四十の働き盛り、相当の腕を持っているところから、ようやく認められつつある。本店の方は前述のごとく昔日《せきじつ》の俤《おもかげ》はないが、支店特異の腕前は現在新橋|辺《あたり》の寿司屋としては、まず第一に指を屈すべきで、本店の衣鉢《いはつ》は継がれたわけである。しかし、支店みっちゃんの方はうまいにはうまいが、旧式立食形なる軒先《のきさき》の小店で狭小《きょうしょう》であり、粗末《そまつ》であり紳士向きではない。ただ口福《こうふく》の欣《よろこ》びを感ずるのみである。
しかし、本店のおやじがジャズ調であるのに反し、支店は地唄《じうた》調というところで、いとも静かな一見養子風の歯がゆいまでにおとなしい男。毎朝|魚河岸《うおがし》に出かけ、帰るやただちに仕込みにかかる。飯《めし》が炊《た》けて客を迎えるまでには相当時間を要し、正午に間に合うことはきわめて稀《まれ》で、二時ごろ表をあけるのが日常となっている。一人の小僧も小女《こおんな》もいない一人きりの仕事だからである。妻女はあっても子供の世話かなにかで二、三時ご
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