1 最上の米(新潟・福島・秋田|辺《あたり》の小粒)
2 最上の酢(愛知|赤酢《あかず》・米酢《よねず》)
3 最上の魚介類、だいたいにおいていちばん高価な相場のもの。
4 最上の海苔《のり》(薄手《うすで》の草をもって厚く作ったもの)
5 最上のしょうが(古しょうがの良品、新しょうがは不可)
以上の材料さえ整えば、まずうまい寿司はできるのである。にもかかわらず、最高の一手を打ち得ないのが一般の寿司屋である。
東京で見る寿司屋の看板のすべては(京阪《けいはん》地方においても同じ)握り寿司屋であるかぎり、みながみな「江戸前《えどまえ》」なる三字を特筆大書《とくひつたいしょ》している。江戸前の寿司というものは、よほど注目に価《あたい》し、魅力に富むものらしい。握りが自慢になるのは、上方《かみがた》寿司の風情《ふぜい》のみに堕《だ》し、生気《せいき》を欠くところに比較してのことである。あえて「江戸前」と書くゆえんは、上方寿司と江戸握りとの相違をはっきりさせ、江戸前がだんぜんうまい点を認め、その寿司を食べさせるんだというところにある。とにかく江戸前寿司は日本中に有名になったわけである。
江戸前寿司の上方寿司と異なるところは、材料、味つけおよび技法の相違にある。これはいうまでもないが、まず第一は生気のあるなしである。江戸前寿司は簡単で、ざっくばらんな調理法を用い、お客の目の前で生きのいいところをみせ、感心させながら食べさせるところに特色がある。それに、まぐろの脂肪がすこぶる濃厚《のうこう》でありながら、少しも後口《あとくち》に残らぬという特徴があって、まさに東京名物として錦上《きんじょう》花《はな》を添えている。このごろ京阪流箱寿司《けいはんりゅうはこずし》は、上方の何処《どこ》の地方にもはやってはいるが、なれ寿司を基調とする調理に意気のない野暮《やぼ》ったさが、即興に生きる江戸ッ子には、とんと迎えられる様子もない。わたしは当然のことと、あえて訝《いぶか》しく思わない。蓋《けだ》し江戸人と上方人との相違がある。
しかし、今日どこにでもある東京の握《にぎ》りを真似《まね》したいかがわしいものは、江戸前が残念がる。みだりに「江戸前寿司」と看板に標榜《ひょうぼう》する無責任さは叱責《しっせき》せねばなるまい。なにはともあれ、大阪の箱寿司が握りに圧倒されたのは、寿司
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