、ガラガラピシャン! と、今にも顔の上へ落下してくるかと、安き心地もなく電車の中で首を竦《すく》めていた。どうも、四谷、飯田橋、お茶の水方面の空が、黒雲に掩《おお》われてると思ったから、新宿でコースを変えて、池袋方面へ逃げた。ところが、ゴロゴロピシャリはなかなかもって、新宿どころの騒ぎではない。行く手も後方もピカピカと、雲を劈《つんざ》く稲妻に囲まれて到頭進退|谷《きわ》まって、御徒町《おかちまち》で電車を降りて、広小路《ひろこうじ》の映画館へ飛び込んだら、途端にバリバリズシーン! と、一発落下した。
 この時だけは、よくも気絶しなかった! と、後で自分ながら感心したことであったが、プツッと映画が切れて、暗黒の中で観客は、もう、映画どころの気分ではない。アハハと泣き笑いみたいな、悲愴極まる声を出して、キナ臭い匂《にお》いの中で騒いでいる。そこを逃げ出して、途方に暮れつつ電車に乗って、晩の十時頃やっとの思いで、雷も立ち去ったろうと、恐る恐る高円寺の駅まで帰ってきたことであったが、駅を出てみると、あの土砂降りの大雷雨にもかかわらず、不思議や! 駅前の土は、少しも濡れていない。
 松虫鈴虫が
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