、眉《まゆ》だけは濃く張っている。元気な時はさぞ上品な人だったろうと、昔の偲《しの》ばれるような凜《りん》とした、顔立ちであった。
 裾《すそ》に、看護婦が二人|畏《かしこ》まっている。ともかく仰臥しながら私を迎える瞳も光を失って、何さま、重篤な病人であることは一目でわかるが、こんな若い年で、後二、三カ月の命と宣告された親の気持は、どんなであろうと再び暗い気持に襲われた。持って来た薔薇《ばら》を、看護婦が生けている。
「長い間お眼にかかりたいと思っておりましたが……先生よく来て下さいました……」
 と喘《あえ》ぐように、病人がいう。
「……有難うございました……何とお礼を……申上げていいか……」
 声が嗄《しわが》れて、語尾が口の中で消えて、痛々しい。
「去年から……一遍先生にお眼にかかって……話を聞いていただこうと思っていましたが……ほんとに、よく来て下さいました。……もううれしくて……うれしくて……」
 痰《たん》が喉《のど》に絡まるのであろう、看護婦が綿棒で取ってやっている。
「手紙が書けないものですから……使いにわけを話して……お迎えに上げたのですが……私のいうことが、ちっとも
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