だ板の間から大階段を上って、案内されたのは南向きの庭の見晴らされる、二階の奥座敷であったが、この座敷の広いこと、二十畳くらいは優《ゆう》に敷けるであろうと思われた。
 小間使が茶を運んで来たり、菓子を運んだり、やがて母夫人が現れて、改めて来訪の礼を述べる。お通しして、病人を昂奮《こうふん》させてもいけぬから、おいでになったことを、当人に通じて来る間しばらく、お待ちを願いたいということであった。
 やがて通されたのは、この廊下を東の方へさらに、間数《まかず》四つ五つも越えた奥座敷である。なんとバカげて、大きな邸だろうか? とびっくりしたが、これが日本拓殖銀行総裁の柳田|篤二郎《とくじろう》という人の邸であって、迎えに来たのがその夫人、寝ている病人というのがそのひとり息子と後で聞いては、なるほど大きな構えをしているのも無理はないなと、思ったことであった。
 病人は、その奥座敷の床の間寄りに、厚い蒲団《ふとん》に仰臥《ぎょうが》している。見る陰もなく瘠《や》せ衰えて、眼が落ち凹《くぼ》んで……が、その大きな眼がほほえむと、面長《おもなが》な眼尻《めじり》に優しそうな皺《しわ》を湛《たた》えて
前へ 次へ
全199ページ中8ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
橘 外男 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング