人が喋《しゃべ》っているような気がしました。
「迷惑どころじゃありませんわ……もう、わたくしたちみんな、楽しくて……このままお別れ、できないような気持ですわ。……初めていらした時から……初めていらした時から……わたし……いい方がいらして下さったと……」
「え?」
 と、私は耳を疑いました。途端に全身がかっとして、燃えるようにまたにっこりと赧《あか》らめているジーナの顔が、ぽうっと花の咲いたように眼の前に躍って、この瞬間ほど私は、自分を幸福だと思ったことはありません。そしてその瞬間、もし眼を向うの方へ走らせて、ハッとしなかったらおそらくあるいは、夢中で彼女のからだを引き寄せてしまったに、違いありません。
 が、瞬間私は、草原の中を疾風《はやて》のように馬を走らせて来る、スパセニアの姿を認めたのです。そしてびっくりして、突っ立ち上がりました。見果てぬ楽しい楽しい夢を、引き破られたような気がして、何ともいえぬ腹立たしさを感じました。
「お待ちどおさま、……随分手間どったでしょう? 六蔵ったら……いくら探しても、いないのよ、散々探して、大野木へいこうとしている途中まで追っ駈けてって、やっと連れ
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