いかが、わからないのです。殊《こと》に、私の心を打ったのは昔の恩人である祖父の安否を気遣って、当てにもならぬ消息《たより》を待って、この山奥に暮している父親の尊い心と、その心の中を察して、世の中の華やかさ賑《にぎ》やかさを振り向きもせず、この人気《ひとけ》のないところに住んでいる娘たちの優しい心持だったのです。それが、何ともいおうようない気持を私に起させて、私は涙ぐましい感激に打たれました。
 彼女は膝《ひざ》の上に両肘《りょうひじ》を凭《もた》せて、頤《あご》を支えながらじいっと、湖へ瞳《ひとみ》を投じています。彼女に膝を並べて、私も言葉もなく、湖を眺《なが》めていました。何の不自由もない富豪の家に生まれながら、なじまない父の国に憧《あこが》れて来たばっかりに、数奇《すうき》な運命に弄《もてあそ》ばれている娘……そして今では、ここよりほかに国も家も持たぬ娘……妹と父親のほかには、一家一門おそらくは死に絶えてしまったのであろう孤独な身の上……と、思うと、彼女は別段暗い面持もしてはいませんが、それだけに私の心の中には、暗い侘《わび》しさが水のように忍び寄ってくるのです。
 そして、適当な
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