五

 もちろん、彼女は暗い面持《おももち》で、ボソボソと人の哀れみなぞを惹《ひ》くような調子で、身の上語りをしていたのではありません。また日本政府や憲兵隊の取り扱いぶりを、非難しているのでもありません。時々思い出して涙ぐんではいましたが、大体にきわめて明朗に、淡々として、好奇心で私の問うに任せて、こんな話をしてくれたに過ぎないのです。
 そしてまた、本国の財産が没収されようと、長崎の帰る家はなくなろうとも、彼女たちは決して貧しいという身の上ではありません。昔の境遇に較《くら》べれば、烈《はげ》しい転変を見せてるとはいえ、まだこれだけの厖大《ぼうだい》な地所を持って、立派な家があって、庭園があって……たとえこの湖や、地所の一部農場の一つも手離したとしても、おそらく普通の人には想像も及ばぬ、莫大な金が入ってくるに違いありますまい。まったくの貧乏な身の上というのではありません。
 が、しかし、仮にもユーゴの、銅山王とまでいわれた人の孫娘たちが、山の奥に住んで立ち腐れの工事場を抱えて、戦争の痛手を受けて何もかも、滅茶滅茶《めちゃめちゃ》になっていると知っては、まったく何といって慰めてい
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