けを待っているのですわ。どうしても諦めがつかなくて……今日は亡くなった知らせが来るか、明日《あした》は乞食のようになって、誰か頼って来るかって……。
お前たちは若いのだから、こんなところにいる必要はない、長崎へお帰りって……でも……父を見棄てて、どうしてわたくしたちばかり、そんな賑《にぎ》やかなところへ帰れましょう? いますわ……いますわ……わたくしもいますし……スパセニアも、いますわ……父と一緒に……一生涯でも! ……もうわたくしたちには、ここを離れて、帰るところは……どこにも……ありませんわ……」
陽《ひ》が雲に遮られて、湖水の上が薄《うっす》らと、翳《かげ》ろってきました。が、その瞬間に、私には今日まで二日間の疑問が、淡雪《あわゆき》のように消え去るのを覚えました。
なぜこの人たちには母親もなくて、そして明るい美しい立派な人たちでありながら、なぜこんな淋《さび》しい山奥の無人の高原なぞに、親子三人だけで暮してるのだろうか? という、今日までの疑問のすべてが腑《ふ》に落ちても、何としても私には、彼女を慰める言葉が見出《みいだ》せなくて、じっと、うなだれていたのです。
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