あきら》めのつくことです。どうしても諦めのつかぬことは、その国内の混乱の最中に、旧財閥や旧富豪階級は、ことごとく共産政権の粛正の血祭りにあげられて、投獄されたり、追放されたり、死刑になったものも数知れずある、という噂《うわさ》だったのです。
今日まだ行方のわからぬものが、三万何千人とか! その筆頭第一に、大切《だいじ》な祖父のドラーゲ・マルコヴィッチの名前があげられて、叔父のウラジミールも、叔母のヴィンチェーラも、一族一門ことごとく、消息を絶っていることだったのです。
「あれから七年、……もう誰も、生きているわけもありませんわ。殺されているのか、乞食《こじき》のようになって、国内のどこかで死んでしまったのか? ……おわかりでしょう? 父はここを離れることが、できないのですわ。ここを処分して、新しい住居《すまい》へ移ることが、できないのですわ。ここならば、祖父も叔父も叔母もみんな、住所を知っています。ここを動いてよそへいったら、もし自分を頼って日本へ落ちのびて来た場合、さぞみんなが困るだろうって……。
もうホテルの夢もなければ、観光地の夢も何もなくて、ただ祖父や叔父叔母みんなの消息だ
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