ょう? 敵性国人と見られて、監視されているんだから、辛《つら》くても謹慎して、少しでも憲兵隊の心証を害《そこ》なってはいけないと、父が心配して……わたくしたち、ラジオも写真機も、持っておりませんでしょう? 憲兵がここまで家宅捜査に来て、みんな没収していってしまったんですわ……」
 それならもう、戦争も済んだんですから、いつでも長崎へ帰れるじゃありませんか! といったのに対して、ジーナは切れ長な眼を潤《うる》ませながら、こういう話をしてくれました。憂い辛いその四年間も過ぎて、いよいよ戦争も済んで、欧州の事情の判明した途端、この一家を驚かせたものは、独逸《ドイツ》の滅亡でもなければ、ソ連の東欧衛星国家群の確立でもありません。故国のユーゴ・スラヴィアが、チトー元帥《げんすい》を主班とする共産政権下の支配に移って、国内財閥の事業も財産もことごとく政府に没収されて、今では民間の資本というものが、ユーゴ国内に一つも存在しないということだったのです。
 営々として心血を注いだ父親の一生の仕事は、まったく水泡に帰してしまったというのです。いいえ、一生の仕事が水泡に帰してお金のなくなったことなぞは、諦《
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