》を吐《つ》いて、ジーナは語り出しました。父親というのは、同じ長崎県でもここからは北の端《はず》れに当る、平戸島の人だというのです。漁師の家に生まれて貧しいために、学校の教育も碌々《ろくろく》受けられないで、子供の時から漁師仕事ばかりしていたというのです。
 十四の時には到頭、外国船の給仕《ボーイ》に売られて……が、船の待遇が悪くて虐待されるのであっちへ着きこっちで積荷して、流れ流れてアドリア海のスプリトという、小さな港で木材を積み込んだ時に、到頭脱走して、陸地へ逃れてしまったというのです。
 今から思えばそこが、ピーター陛下治世当時のセルビア王国、今のユーゴ・スラヴィア国のダルアチア州だったのですが、十四ぐらいの無学な子供に、自分の逃げ込んだ土地が英国なのか、伊太利《イタリー》なのか、仏蘭西《フランス》だか何が何やら、わかったものではありません。ただ、鬼のような船長に見つかりたくない一心で、暗雲《やみくも》に奥へ奥へと逃げ込んで、農家の水|汲《く》みをして昼の麺麭《パン》を恵まれたり、麦畑の除草を手伝って晩飯にありついたり、正規の入国手続きを踏んでいないのですから、官憲の眼を忍んであ
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