の海風が颯々《さっさつ》として、ここに立っていても怒濤《どとう》の飛沫《しぶき》でからだから、雫《しずく》が滴り落ちそうな気がします。
 景観……大景観……無双の大景観です。父が旅行が好きなので、伴われて私も随分各地の景色を、見て歩きました。が、まだ、これほどまでに雄大無双の景観というものは、眼にしたこともありません。もう一度私は、さっきの地下工事場を、ふり向いて見ました。
 あすこにもし、四階建ての大ホテルでも聳《そび》えたならば、ホテルは夜の不夜城のごとく海原《うなばら》遠く俯瞰《ふかん》して、夏知らずの大避暑地を現出するでしょう。たしかに、東洋一の大景勝地ホテルの名を恥ずかしめはしないでしょう。父親ならずとも私だって、金さえあればここへホテルを、建てたいくらいです。
「道だけは、あすこへ拵《こしら》えてありますのよ。降りて御覧になります?」
 なるほどジーナの指ざすとおり、二、三町先には絶壁をえぐって、急な幾百階かの岩の階段が、斜めに刳《く》り抜いてあります。危険を慮《おもんぱか》って、そこにだけはさすがに鉄の鎖で、欄干《てすり》が設けられて、波打ち際まで攀《よ》じ降りするように
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