ゆる限り海波が渺茫《びょうぼう》として、澎湃《ほうはい》として、奔馬のごとくに盛り上がって、白波が砕けて奔騰し、も一度飛び散って、ざざーっと遥《はる》かの眼下の巌《いわお》に、飛沫《しぶき》をあげています。
 豪宕《ごうとう》というか、壮大無比というか!
「あ、危ない、まだそこの欄干《てすり》が、できていませんわよ……」
 落ちたら最後、もちろん、命はありません。からだが粉々に砕け散ってしまうでしょう。眼下数百|呎《フィート》というか、数百丈というか? 切り立つように嶮《けわ》しい断崖《だんがい》です。その断崖の真下に打ち寄せて来る波は、千千石《ちぢわ》湾から天草灘《あまくさなだ》を越えて――万里舟を泊す天草の灘、と、頼山陽《らいさんよう》の唄ったあの天草の灘から、遠く東支那海へと列《つら》なっているのでしょう。
 そして右手の方、紫に淡く霞《かす》んでいるのは、早崎《はやさき》海峡を隔てて天草本島かも知れません。点々として、口の津らしいところが見えます。加津佐《かづさ》あたりと思《おぼ》しい煙も、見えます……瞳《め》を転ずると、小浜《おばま》の港が、指呼《しこ》のうちに入ります。万里
前へ 次へ
全199ページ中54ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
橘 外男 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング