の利《き》いた使いでもよこして、事情さえ説明してくれたら、私ももっと早くにそんなに病気の重くならぬうちに、飛んでいったものを! と、何だか胸を噛《か》まれるような気持がしたことであった。
ともかくこれが、柳田というその青年の家へ足を運んだそもそもであったような、気がする。三年前の五月頃……薔薇《ばら》の花の、真っ盛り時分であった。
はしがきの二
私が行くことになったので、喜び切っている母親から、車の中で聞いたところでは、その青年は病気になるまで、東大医学部の三年に在学していたということであった。
「ではお友達たちはもうみんな、一人前のお医者さんになってますね」
といってから、心ないことをいったと、自分でも後悔した。
「それはもう、皆さん……免状もお取りになって……」
といいさして、案の定、母親は声を呑《の》んで、賑《にぎ》やかな通りに眼を落している。その放心したような淋《さび》しげな横顔が心を打ったから、
「清瀬《きよせ》村の病院へ行くと、肋膜《ろくまく》の骨を切って直すとか、やってるそうですが、そんなことをなさっても駄目ですかね?」
と、話題を変えてみたが、
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