これから、お伺いしましょう!」
「まあ、これからスグに?」
「いけませんか?」
「いいえ、飛んでもない! そうお願いできますれば、もうこの上ございませんけれど……でも、それではあんまり、押し付けがましいようで……」
 と、母親の眼には、また涙がうかんでくる。ひとり息子の重病で、気が弱くなってちょっとした人の行為にも、スグ涙ぐんでいるのを見ると、今日までの二年間、親の方がどんなに苦しんでいたか私にも察しられるような気がした。
 そうして上げて、貴方《あなた》、そうして上げて頂戴《ちょうだい》! と、私の方を向いている妻の眼が、瞬《しばた》いている。牡丹《ぼたん》はもう散ったが、薔薇《ばら》は花壇一杯、咲き乱れている。フーペルネ・デュッセとかグローリアス・デ・ローマとか、なるべく艶麗《えんれい》なのを選んで妻が花束を拵《こしら》えているのを見ると、
「そんなにまでしていただいて……まあ、もう、結構でございますから、奥様」
 と母親は縁側に佇《たたず》んで、おろおろしている。それを見ながら私が考えたのは、なるほどそういう長い病気では、手紙を書くというわけにはゆかぬであろうが、せめてもう少し気
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