願いしたいことがあるというから、お呼び付けするようでまことに失礼だとは思うけれども、子供に逢ってやっていただけないだろうか? という頼みなのであった。
電話ででもお知らせ下されば、御都合のいい時いつでも、車をお迎えに出しますからというのである。そして言葉を継いで、子供も薄々は感づいているが、もうこの夏を通り越すか越さぬかのところまで、病気が来ているということを内々医者からも、耳打ちされている。ひとり息子ではあるし、できるだけのことはして、当人の思い残すことのないようにしておいてやりたいと思いまして……。
それで、こんな不躾《ぶしつけ》なお願いにも伺いましたようなわけで、どうぞ御不快に思召《おぼしめ》し下さいませんように、と袖《そで》で涙を拭《ふ》いているのを見ると、私も暗い気持がして、言葉が出なかった。傍らで妻も、眼頭《めがしら》を拭いている。そういう重篤な青年が、なぜ私に逢いたいのか、どんな用があるのか、それはわからぬがともかく、母親の言葉を聞いているうちに、私は今日までの不快がまったく、消え失《う》せるのを覚えた。消え失せたばかりではない、いいようなく胸が痛んできた。
「では、
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