して、昼っから、僕、発《た》とう!」
「お発ちになるの、かまわないじゃありませんか? よろしかったら、ごゆっくりなさいな……」
 と姉娘が、艶《あで》やかな笑みを見せました。
「そうだわ、お連れしたらきっと乗るって、仰《おっ》しゃるわよ。……でも、駄目ねえ、まだ水が冷たいから……そのうち暑い日が、きっと来ますわ、その日まで遊んでらっしゃいよ」
 と妹娘も口を揃《そろ》えて、いうのです。乗る乗らぬはともかくとして、明日はその湖水と溝渠《インクライン》を見せてもらってから発とうと、私は考えていたのです。こうして話を交わしているうちに、門のところで馬の嘶《いなな》きが聞こえました。
「スパセニア、ほら、パパがお帰りになったわよ」
 父親が帰って来たら、今夜また泊めてもらった礼をいおうと思っていましたが、そんなことは自分たちから知らせておくからかまわないといいますし、姉娘は父親の食事の支度に勝手口へ立ちますし、疲れて帰って来た父親の食事の妨げをしてもいけないと思いましたから、勧めてくれるまままた私は、二階の寝室へ上がって寝台《ベッド》に横になりました。こうしてその晩も到頭、その家へ厄介になって
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