お食事、もうちょっと待って下さいね……わたしたち、一日交替で食事|拵《ごしら》えしてますのよ」
 と娘は、にっこりしました。
「お父様は?」
 と聞いてみたら、
「昼からお山よ! 馬でいきましたの。貴方《あなた》が越えておいでになった周防山《すおうやま》の、もう少し右手寄りに、禿山《はげやま》があるの、御存知? 今日はそこへいきましたの。その山からマンガンが出るんですって! とても良質のマンガンが出るんですって……パパは鉱山技師よ」
 父親は男ですから、こんな無人の高原を何とも思わないかも知れませんが、さて耳を澄ませたこの夜の静けさというものは、ないのです。あちらこちらで梟《ふくろう》がホーホーと啼《な》いて、夜の七時といえば都会では、まだほんの宵《よい》の口です。銀座なぞは人で、さぞ雑踏しているでしょう。
 が、この無人の高原地帯では、万籟《ばんらい》寂として天地あらゆるものが、声を呑《の》んで深い眠りに落ちているのです。私の越えて来た山でも野でも、もう夜の獣《けだもの》たちが暗《やみ》に紛《まぎ》れて、ムクムクと頭をもたげている頃でしょう。若い娘二人で、よくこんなところに住んでられ
前へ 次へ
全199ページ中44ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
橘 外男 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング