のです。
そのうちに、笑いながら妹娘と姉娘とが、縺《もつ》れ合って出て来ました。活発な妹娘が、父親に寄り添って何かいいますと、
「こんな山の中で、お口に合うようなものもありませんが、食事の仕度が整ったと申しておりますから、どうぞ!」
と紳士は促しました。あんまり図々しいようですが、堪え難い空腹なのでこれも遠慮なく御馳走《ごちそう》になることにしました。娘たちの後からついていった部屋は廊下を鉤《かぎ》の手に回った奥の西洋間らしい階段の下の、スグ取っ付きの部屋でした。明け放した廊下からは、例の眼も絢《あや》な芝生が、一望遮るものもなく遥《はる》かの麓《ふもと》まで、なだらかに開けています。そして処々に一かたまりの五月《さつき》や躑躅《つつじ》が、真っ白、真っ赤な花をつけて、林を越して向うには、広々と群青《ぐんじょう》色の海の面が眺《なが》められます。
ここが食堂なのでしょう、清潔な卓布をかけた長方形の卓子《テーブル》が据《しつら》えられて、短いカーテンに掩《おお》われた食器棚や、戸棚や……そよそよと芝生を撫《な》でて来る柔らかな風がそのカーテンの裾《すそ》をなぶって、椅子《いす》に凭
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