、南有馬へ行くのに道に迷い、小浜《おばま》へ行くにもまた北の道を取り損って、山を降りたところで偶然娘さんに出逢《であ》ったこと、連れられてここへ来たことなぞを、話したのです。
「貴方《あなた》の、越えておいでになった山は」
 と紳士は、肥《ふと》った煙管《パイプ》の手を挙げて、例の犬に咆《ほ》えられた山を、指さしました。
「この辺では、周防山《すおうやま》と呼んでいます」
 紳士の問いに答えて、初めの予定では南有馬から、島原鉄道で口の津へ出て、口の津から小浜までは海岸美がすばらしいと聞いていることから、ここを歩いて小浜から乗合《バス》で諫早《いさはや》へ出て、帰京するつもりだったということなぞ……。
「ほう、貴方は東京にお住いですか」
 と、いうことから今|麹町《こうじまち》の番丁《ばんちょう》に住んで、大学の医学部へいっていること、そしてパンフレットを見ているうちに、無性に旅へ出たくなって、ここまで出て来たというような話になってきたのです。
「わたしはまだ、東京は一度も行ったことがないが……さぞ、賑《にぎ》やかでしょうな? そんな賑やかな都会からおいでになったら、随分|淋《さび》しい
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