たその馬のまた、逞《たくま》しく大きくて、立派なこと! まったくこんなところでこういう人に出逢おうとは、夢にも思わぬことでした。昨日から山の中ばかり歩いて、人の姿というものを……いいえ、人の姿どころか! 人家一軒見当らないのです。山を降りて、豁然《かつぜん》として視野の開けた今でも、まだその辺見える限りは、ただ小高い丘や野草の咲き乱れた、高原ばかり! 断崖《だんがい》と見えて、もう海は見えませんが、ただ、荒涼として、落莫《らくばく》として、人家一軒眼に入らないのです。その荒涼|寂寞《せきばく》たる中へ、突然この犬や人が、現れようとは! 穴のあくほど人の顔を見守っていた後、
「これ、ペリッ」
 ともう一度振り返って、また咆えかかった犬を叱《しか》り付けました。
「貴方《あなた》は、どこへいらっしゃるの?」
 咎《とが》めるようにいった言葉は、立派な日本語です。
「僕は、小浜《おばま》へ行きたいんです……」
「小浜は、向うよ」
 と娘は、グルッと鞭で半円を描いて、指さしました。
「まだ六里もありますわ」
「六里?」
 と私は、途方に暮れました。
「じゃ、仕方がありません、どこかこの近所に…
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