てやがて畑や水田や、麦畑が見えるはずなのに、いくら歩いてもいくら歩いても、そんなものが出て来るどころではないのです。叢道《くさむらみち》の両側は、見上げるような山ばかりで、蓊鬱《こんもり》とした杉の木ばかり、聳《そび》えています。二時間歩いていても、三時間歩いても、人っ子一人行き逢《あ》わない淋《さび》しさです。出ているでしょう? 高岩山からちょっと下ったところに……少し左へ寄って、戸石川というところが……」
 なるほど、出ている、出ている、内中尾という側に、戸石川というところが……。
「それを私は、道を間違えて、その辺で東南に下《くだ》るところを、景色のいい回りの山に騙《だま》されて西南の方角へ踏み入っていたのです。ですから、どこまでいっても平坦《へいたん》な道へ出ずに、めった深い山の中へ迷い入っていたのです。そして気が付いた時は、磁石もどこかへ落としていました」
 私は十万分の一の地図を眺《なが》めているが、もうすっかり頭へ入っているのであろう、病人は細かい地名までことごとく宙で諳《そらん》じているのであった。正確無比な話であった。
「そうして大分南へ下がっても、人っ子一人行き逢わ
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