るばかりです。厩舎に付属した和室には、馬丁《べっとう》の福次郎が住んでいると聞いていましたから、そこの戸も引き開けてみました。が、誰も人の住んでいるけはいはありません。キチンと片付いて、何一つ道具とてもない黴《かび》だらけの琉球畳《りゅうきゅうだたみ》だけが、白々《しらじら》と光っているばかりです。
 ジーナと語り合った柳沼へも、足を運んでみました。湖の面《おもて》は、相変らず肌寒い水を漫々《まんまん》と湛《たた》えて、幽邃《ゆうすい》な周囲の山々や、森の緑を泛《うか》べて、あの自家発電用の小屋も、水門の傍らに建っています。が、しいんと静まり返って、もちろん、人っ子一人の姿もあるものではありません。湖畔には、朽ちた巨木があの時同様影を浸して、そこに凭《もた》れて疲れをやすめていると、あの時、こうして一緒にかけて、故国《くに》のユーゴの話をしてくれたジーナの優しい俤《おもかげ》が映ってきます。同時に、馬で草原の彼方《かなた》から駈《か》けて来る、上気したようなスパセニアの姿も……。
 ジーナ! スパセニア! 僕だよう、やっと訪ねて来たんだよう! と、声を上げて叫びたいような気がしてきます
前へ 次へ
全199ページ中134ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
橘 外男 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング