き下さったからとて、もう自分は余命いくばくもない身の上だから、それまで生きてもいないだろうし、第一、先生に、質疑するだけの気力もない。ただこの話を聞いて下さるだけで、もう充分に、満足なのである。
 ただ、できれば一つだけお願いしたいと思うことは、どこそこの何というところに、コレコレこういう恰好《かっこう》をした、墓が二基並んで建っている。いつか先生が御都合がよろしい時に……十年たってもいいし、十五年先でもかまわぬけれど、もし向うの方へ御旅行になった時にでも、私の申上げたところを一度実地に見て下さって……私はあまりの恐ろしさに、到頭見ずに逃げて帰って来てしまったが、もし私に代って先生がその墓を見て下さったならば、どんなにどんなに、うれしいか……先生、私は、草葉の陰から手を合わせて先生に、お礼を申上げています……。
 私は耳を澄ませて病人の話を聞いていた。
「……死にかけてる人間が……何を夢のようなことをいうと……長い病気で……長い病気で……」
 と病人は息を弾ませた。
「いい加減なことをいってると……先生はお思いになるか知れませんけれど……先生、ウソではないのです……私は決して……ウソを
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