恐ろしい出来事がある、というのである。おそらく誰に聞かせても、こういう話を真実としては、受け取ってくれぬであろう。偶《たま》に、受け取ってくれる人があるとしても、おそらく顔色変えて逃げ出してしまうくらいが関の山であろう。事件の性質上、今日まで父母にもヒタ隠しにしていた話だというのであった。
 それで今まで使いを出したり、看護婦に頼んで手紙を書いてもらったり……それがためにかえって、自分の意志も伝わらなかったが、先生ならばこういう話を聞いて下さっても、決して笑いもなさらなければ、逃げもなさらないで、きっと親身になって聞いて下さるに違いないという気がする。それが一度先生にお眼にかかって、とっくりとこの話を聞いていただいて、自分もこの世に思い残すところなく安心して行くところへ行きたいと思っていたと、こういうのであった。
 要領を掻《か》い摘まんでみれば、大体、こういうことになる。が、そうかといって、この話を聞いていただいたからとて、今日先生に小説に書いていただきたいと思うのでもなければ、また世の中にこういうことがあるものかないものかなぞと、先生に質疑したいと思っているわけでもない。先生がお書
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