を噛《か》み締めて、じっと睨《にら》み付けているのです。
「スパセニア、スパセニア!」
と私は門前へ躍り出しました。が、不思議にも! その時はもうスパセニアの姿は、掻《か》き消すように、見えなくなってしまったのです。
「スパセニア! スパセニア!」
と狂気のように私は、右手の坂を駈け降りて見、また左手の坂を駈け降りて見……私の家は、三番丁と五番丁と両方の坂の上に建っている、高台です。が、何としてもスパセニアの姿は、見当りません。ただ、ひたひたと濃い黄昏《たそがれ》ばかりがあたり一面に垂れ込めてくるばかりでした。
が、今一瞬の間に顔を合わせたスパセニアの映像だけは、網膜深く刳《えぐ》り付いて、忘れようとしても忘れられるものではありません。上品な黒のアストラカンの外套《がいとう》を恰好《かっこう》よく着こなした、スッキリとした姿! 屹《き》っと見据えていた切れ長な眸許《めもと》……口惜《くや》しそうに涙ぐみながら、睨《にら》み付けていた姿!
なぜスパセニアは、私を睨んでいたのだろうか? 何を私は、スパセニアに怨まれるようなことを、したというのだろうか? ともかくジーナもスパセニアも
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