れば、家来もまた家来……主人を嵩《かさ》に着た家来たちのために、到頭|高手《たかて》小手《こて》に締め上げられてしまいました。
「殴《なぐ》ったり蹴《け》ったり、散々に責め嘖《さいな》んだ挙句、あろうことかあるまいことか! しまいには、その坊さんにね、此奴《こやつ》が腰元をそそのかして、主人の家の金を持って逃げようと企《たくら》んだなぞと濡《ぬ》れ衣《ぎぬ》を着せて、殺してしまったんだよ。おまけに、酷《むご》いことをしたんだよ。ほら、お祖母さんが一人で行ってはいけないよと、口癖のように言っている池があるだろう? あの池の回りにね、昔はお仕置き場があったんだが、そのお仕置き場の回りにぐるっと竹矢来《たけやらい》を結って……」
 何月何日には見せしめのために、火焙《ひあぶ》りの刑を処すると、近郷近在に触れを回しました。そして大勢見物人たちの犇《ひし》めいている中で……、
「高手小手に締められた坊さんの回りに、山ほど薪《まき》を積み上げて、生きながらの火焙りにしてしまったんだよ。薪から着物に火が燃え移って、ジリジリジリジリと身体の膏《あぶら》が燃え出す。七転八倒の苦しみをして、『己れ棚田大膳! 暴虐の限りを尽し、無実の罪を被《き》せおって! 人に怨みがあるものかないものか! 見よ、見よ、ここ三代が間に汝《なんじ》の屋敷にぺんぺん草を生やしてくれん!』『ええ、喧《やかま》しいやい、ソレ、もっと薪を焼《く》べろ!』と到頭焼き殺してしまったんだよ」
 幼い私は溜息《ためいき》をつきながら祖母を見上げていました。
「ところがどうだろう、人の一念というものは恐ろしいもんでね、その真っ黒に燃え切って、坊さんの身体がもういいだろうと薪を取り除《の》けた途端、大膳めがけて二足三足歩き出したというんだよ。見物人が顔色変えてワァッと逃げ出す。歩き出したその坊さんの身体が、途端に何かに躓《つまず》いて、バタッと倒れて……倒れると同時に、土煙を挙げて粉々の灰になってしまったんだよ。だからお祖母《ばあ》さんがいつでも言ってるだろう。夕方誰も通らぬ時に、あんなところを一人で歩いていると、今でもその坊さんが怨《うら》めしそうな顔をして、芒《すすき》や茅《かや》の向うに、朦朧《もうろう》と映ってくるんだよ。細い声を出して、モシモシこの辺にお高という腰元の働いている棚田という家はありませんかい?」
 と私は堪《たま》らなくなって祖母の袂《たもと》の中へ顔を突っ込む。
「ハハハハハハいいんだよ、いいんだよ、もう話はおしまいだよ。
 お前があんなところへ行きさえしなければ、そんなに怖いものは出て来ないのだよ」
 と祖母は私の頭を撫《な》でて、怖い話を止めにするのでしたが、全身真っ黒に焼け切ってから、歩き出して、ボロボロの灰になった男というのは、何もあながち、棚田の仕置き場の僧侶に限った話ではありません。後年、私が読んだ講談本にも、豊臣秀吉の家来で、泉州堺の町を焼き払った何とかいう豪気な侍が、火焙《ひあぶ》りの刑に処せられた後、眼も鼻も口もない真っ黒けな焼死体になってから歩き出して、倒れたら粉々の灰になったということが出ていたような気がします。こういう怪奇な伝説に、奇怪な物語はつきものかもしれませんが、しかし別段祖母がウソ飾りをつけ加えているらしくもないのです。
 いずれにせよ、私が祖母から聞かされて怖がっていた、四、五十年以前のあの上小路あたりの淋《さび》しい景色を思い出しますと、祖母の話してるのは、いわんや、それからさらに百年も二百年も昔のことであってみれば、昼間でも狐《きつね》の啼《な》きそうな、侘《わび》しい山里の武家屋敷の中には、そういう横暴な家老もあれば、また腰元や僧侶がなかったとは、一概には言えぬような気もするのです。が、そういう気味の悪い因縁のついた恐ろしい家の中に育ちながら、平気で暮している髪の真っ黒な眼の涼しい棚田晃一郎という年下の友達を、何か超自然的なもの……いわば神秘に包まれた武家屋敷の中の若様といったような気持で、眺《なが》めていたことだけを今もハッキリと覚えているのです。

      二 姉の死

 年齢に懸隔がありますから、そうしょっちゅう一緒に遊んでいたというのではありませんが、時々は祖母の戒めも忘れて、棚田の家の奥深くはいり込んで近所の子供と一緒に鬼ごっこなんぞをして遊んだこともあります。そして遊びほうけて、野原へ走り出て、池の端の大木のうつろなぞに隠れているうちに、水の面に薄《うっす》らと夕靄《ゆうもや》が漂って、ゴウンゴウンと遠くから鐘の音なぞが聞こえてきます。途端にこの辺に棚田という屋敷はありませんかい? と耳許《みみもと》で細い声がしたような気がして……今外へ飛び出せば鬼に捕まるということも忘れて思わず表へ躍り出す……。
 そう
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