、医者を!」
 と胸を大波のように喘《あえ》がせながら、譫言《うわごと》のように繰り返していた。もう、冗談や悪ふざけどころではない。私は震えながら、ビルの事務所に電話を掛けて、医者を一人大急ぎで寄越《よこ》してもらうことにしたが、その間も必死になって濡れタオルを額に載せたり胸に載っけたりして、
「グスタフ、しっかりしてくれ! 気をしっかり持ってくれ!」
 と泣かんばかりの気持で謝った。
 やがて医者が来て私は吻《ほ》っとしたが、この医者がまた粗忽《そそっか》しい野郎でノックもせずにはいって来ると、いきなり入口に置いた洗面器を蹴飛《けと》ばしてそこら一面水浸しにした。そして、
「ほほう! 外国のお方だね。これは困ったね、私は言葉がわからないんでね」
 と脈も執《と》らぬさきから尻込《しりご》みするには心細い思いがした。
「どれどれ! どんな具合ですね。舌を出して御覧なさい!」
 といったところで日本語のわからぬグスタフが、舌を出そうはずもない。私は気もそぞろに、
「グスタフ! 舌を出すんだとさ! 舌を出しな!」
 と叫んだ。
「一体何を上がったんです?」
 とこの粗忽《そそっか》しい医者
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