説書を見たわけではないが、開国のころ通訳の居住していた島ではないだろうか。やがてバスは、坂瀬川上津深江にさしかかる。天草無煙炭の産地として知られている。海岸の突端に、石炭運搬路がくすぼつて見えるが、今まで美しい風景を見なれて来た眼には、何となくそぐわない感じだ。バスの客は少しずつ減るが、それに反してバスの動揺はいよいよはげしくなるのであつた。
 十二時少し過ぎ、富岡着。
 満員のバスの中で私のかばんを抱いていてくれた青年が、私に話しかけて来た。私も多分この土地の人ではあるまいと想像していたが、果して彼は朝日新聞の社員であつた。べつだん観光以外の目的があつて、この地に来たのではないので、名刺を交換すると、とりあえず私は彼の行先である、九大臨海実験所に随行することにした。
 このような僻すうの地に、このような設備があろうとは、私も考えないところであつた。臨海実験所の主任だというK氏、彼は年のころ二十七八でもあろうか、紅顔の美少年とでもいいたい程の青年学徒である彼の語るところによれば、実験所が開所されて、来る四月十日が、二十周年記念に当るという。きわめて地味な研究所で、政治的な動きの全くない
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