天草の春
長谷健
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【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)三角《みすみ》
[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)この日は[#「この日は」は底本では「この月は」]
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三月二十三日
きのう越後からの便りに、越路はまだ深い雪の中で、春まだ遠くとあつたが、肥後路の季節は早く、菜の花も桜も今や満開、らんまんの春の姿である。しかしこの日は[#「この日は」は底本では「この月は」]珍しく北の風が出て雲低く、さきがけた春の出ばなをくじかれた思いで、天草への船が三角港を出帆したころは、粉雪さえ落ちはじめ、デツキに立つてもいられない程であつた。けれども船数の少い航路のこととて、船室はぎつしり満員なので、レインコートのえりをたて、僅かに風をふせぎながら右舷のふなべりにこしかけていた。北風が強いので、人々は船員の止めだてを聞かず、ともすれば左舷に片寄るので、船は傾き、気が気でない。しぜん旅なれない人たちだけが、その危さにおびえて、右舷に集るばかりであつた。
天草へは、はじめての旅だ。だから天草の地図にもうとく、おおよそ小さな島が二つ並んでいる所であろう
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