《そうそう》たる渓流の響。闊葉樹林。駒鳥の声。雪渓。偃松《はいまつ》。高山植物を点綴した草野。そして辿《たど》り着いた尾根上の展望。三人はここにルックを投げだして暫《しばら》く楽しい憩いを続けるであろう。
 目近かく仰ぎ上げる頂上を掠《かす》めて、白い雲が飛んでは碧空に吸われるように消える。岩燕が鏑矢のような音たてて翔《と》び交《か》う。
 彼氏は徐《おもむ》ろにポケットから取り出したダンヒルのパイプに、クレーブンミクスチュアをつめる。彼女は、汗ばんだ鼻をコンパクトの鏡に写し了《お》えてから、チョコレートの銀紙をむきはじめる。彼女の投げ出した靴の先の所には岩桔梗《いわぎきょう》が可憐に震えていた。案内者は大きなめんつ[#「めんつ」に傍点]を拡《ひろ》げて、柘楠《しゃくなげ》の枝で作った太い箸《はし》で今朝から第何回目かの食事を初めた。
 真夏の太陽に照らされながらも、山上の空気は和《なご》やかに、彼氏と、彼女と、彼の三人を包んだ。野性と、モダニズムと。食慾と、恋愛と。一切は融け合ってしまった。宥《ゆるやか》に朗らかな風景である。
 彼女は、彼の偉大な食慾を讃嘆しつつ眺めていた。
「あん
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