山者の力より外ない――
 そして、ザイルの操作を研究し、ロッククライミングの技術を体得せしめよ。スキーに熟達を要す。雪崩《なだれ》に就いて科学的研究をなし冬季登山者の貴重なる生命を保証せよ。
 やがて、
 ――案内人はほどよき機智《ウイット》と、美貌の持主でありたい――てな事になるのではないだろうか、とまあ考えても見るのである。
 和製クララ・ボーが銀座の歩道を闊歩《かっぽ》する時代だ。夜の十時、新宿の駅に行って見るがいい。其処《そこ》には幾多《あまた》のモダン・ウィンパーが、そのルックサックに、都会の文化を一ぱいに詰め込み、肩に掛けたザイルに軽い憂鬱を漂わせ、雑踏に処して他人の邪魔にならない程度の気の利いたピッケルの持ち方をして、さて、重い登山靴をしかも大股に、朗らかな足どりでコンクリートを鳴らしている姿を見るであろう。
 都会人の山への情熱は既にこの時に燃えてる訳なのである。遥かに信飛の山上に瞬く星の光を幻想しつつ、ネオンの光に一瞥《いちべつ》の哀愁を投げかける。貴下は今、数日の間残して行かねばならぬ貴下の愛人の事を懐《おも》ってるのだ。
 見送ってくれるような愛人を持たない人は、
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