水筒に充《みた》し、一直線にこの急坂を登る。
一岩を踏むと、二つも三つも動く、中には戛々《かつかつ》と音して、後続者の足もとを掠《かす》め、渓谷に躍って行くので、皆横列になって危険を避ける。約二千六百四十米突の辺から、三丁余の残雪、雪上では道がはかどらねば、左《ゆ》ん手《で》の嶂壁の下に沿うて登る、この雪が終ると、峡谷が四岐する、向って左から二番目がよい、午前十時五十分、約二千八百四十米突の山脊つく。
すぐ目についたは温泉場、その南に隣《とな》って琉璃色《るりいろ》のように光る田代池《たしろいけ》、焼岳《やけだけ》も霞岳もよく見える、もうここに来ると偃松は小くなって、処々にその力なき枝椏《しあ》を横たえ、黄花駒の爪は独《ひとり》笑顔を擡《もた》げている、東南方数町に峰「信濃、前穂高岳、並木氏」二つ、高さは二千八百米突内外、その向うが今朝登って来た上宮川原。間もなく南麓から、霧がぽかぽかやって来た。急遽右に折れ、三角点目的に登る。このあたり傾斜やや緩《ゆる》く、岩石の動揺が少ないので、比較的容易だ。
三 南穂高岳
午前十一時十五分、遂に、南穂高岳「信濃、又四郎岳、嘉門次
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