部の前面は、小柴が密生している、山麓では緑色の毛氈《もうせん》を敷いたように見えるから、よく方位を見定めておくとよい。海抜約二千|米突《メートル》以上は、雑木次第に減じ、ミヤマカンバ、ミヤマハンノキ、ミヤマナナカマド等の粗く生えたる土地、ここをぬけると上宮川原《かみみやがわら》「信濃、上宮川原、嘉門次」、左の方数丁には、南穂高の南東隅に当る赭《しゃ》色の絶嶂《ぜっしょう》。一休して、この川原を斜めに右方に進み、ベニハナイチゴ、ミヤマナナカマド、ミヤマカンバの小柴を踏み、午前八時には前記の鞍部、高さ約二千二百六十米突、ここに、長さ十間幅四間深さ三尺ばかりの小池がある、中ほどがくびれて瓢形《ひょうけい》をなしているから、瓢箪池《ひょうたんいけ》といおう。池の周《まわ》りのツガザクラ、偃松《はいまつ》は、濃き緑を水面に浮べている。これより左折|暫時《ざんじ》小柴と悪戦して、山側を東北に回り十丁ばかりで、斑岩の大岩小岩が筮木《ぜいぼく》を乱したように崩れかかっている急渓谷、これが又四郎谷「信濃、又四郎谷、嘉門次」、やや下方に、ざあ、ざっと水の流るる音、これから上は、残雪の他、水を得られないとて
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