てはかなりの作《つく》り、檐端に近き小畠の大根は、立派に出来ている、東は宮川池に注ぐ一条の清流。嘉門次は炉辺で火を焚《た》きながら縄を綯《な》うている、どうも登山の支度をしてはいないらしい、何だか訝《いぶか》しく思うて聞いて見ると、穂高の案内なら昨夜の中《うち》に伝えて下さればよかった、と快く承知し、支度もそこそこ、飯をかっこみ、四十分ばかりで出発した。時に前五時四十分。
嘉門次は、今年六十三歳だ、が三貫目余の荷物を負うて先登する様《さま》は、壮者と少しも変りはない。梓川の右手、ウバニレ、カワヤナギ、落葉松《からまつ》、モミ、ツガ等の下を潜り、五、六丁行き、左に曲がると水なき小谷、斑岩の大塊を踏み、フキ、ヨモギ、イタドリ、クマザサの茂れる中を押し分けて登る。いかにも、人間の通った道らしくない。大雨の折りに流下する水道か、熊や羚羊《かもしか》どもの通う道だろう。喬木では、ツガ、モミ、シラベ、カツラ、サワグルミ、ニレ等混生している。登るに従い、小谷が幾条にも分れる。気をつけていぬと、わからぬほど浅い、が最初の鞍部《あんぶ》に出るまでは、右へ右へと取って行けば、道を誤る事はあるまい。この鞍
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