ら、剣ヶ峰というておく。忘れていた晴雨計を見ると、約二千六百五十米突、華氏五十六度。
七 東穂高岳
六時、朝食を済《すま》し、右手の磧《かわら》につき、最近の鞍部目的に登る、僅か十町つい目先きのようだ、が険しくて隙取《ひまど》れ、一時間ばかりかかった。昨日で辟易《へきえき》した幔幕《まんまく》、またぞろ行く手を遮《さえぎ》る、幕の内連が御幕の内にいるのは当然だ、と負け惜みをいいつつ、右に折れ、巉岩《ざんがん》にて築き上げた怪峰二、三をすぎ、八時、標高三千十四米突の一峰に攀《よ》じて腰を据《す》える。位置は信飛の界、主峰奥岳の東北に当る、が東穂高岳と命名しよう。
霧が少しくはげて来たので、北方の大渓谷を隔《へだた》って、遥《はる》か向いの三角点が見えて来た。左折して、四十度以上の傾斜地を斜めに、西北にとり、低き山稜に出ると、巉岩や偃松で織りなされた美景が正面にくる。南方数十歩には、天工の鉞《まさかり》で削ったような、極めて堅緻《けんち》の巨岩が、底知れずの深壑《しんがく》から、何百尺だかわからなく、屹立《きつりつ》している。猪や羚羊も恐れて近《ちかづ》かねば、岩燕や雷鳥で
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