》している。
 この石窟は、穂高の同胞で取り囲まれ、東方はやや低下しているので、丁度少し傾斜した大|摺鉢《すりばち》の中点にあるようだから、風は当らない、その上絶えず焚く焔で、石の天椽は暖まる、南方に大残雪を控えているにもかかわらず、至極《しごく》暖かだ。雨はやみ、風は起らず、鳥も歌わない、虫も鳴かねば、水音も聞えぬ、一行の興《きょう》じ声が絶えると、森《しん》として無声、かくも幽寂《さび》しき処が世にもあろうかと思われた。九時、石造の堅き寝台に横たわった、が昼の労《つか》れで、ついうとうと[#「うとうと」に傍点]と夢路を辿る。
 十六日前四時、目をこすりながら屋外に這い出して、東方を見ると、今しも常念は、ほんのりとした茜色の曙光を負いて、独特のピラミッド形を前山の上に突き出し、左《ゆ》ん手《で》で妹子の蝶ヶ岳を擁している、近くは千人岳とて、多くの羅漢が如鬼如鬼《にょきにょき》並んでいるようだ。次《つ》ぎは、昨日通った、南穂高・奥穂高・北穂高と鮮《あざや》かにそれと仰がれる。その北穂高の東北に接し、槍と同形の峰が二百尺ばかりも屹立《つった》っている、小槍とでもいいたい、が穂高の所属だか
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