65−12]《らいら》たる岩石、晴天には槍がよく見えるから、方向を誤る気支《きづか》いはない。山稜は概して右側にかぶり、信州方面には絶峭が多い、二、三の場所を除けば、常に左側十数歩の処に沿うて行けばよい。
八丁ばかり行くと鞍部、右手には、残雪に近く石垣を周《めぐ》らせる屋根なしの廃屋、此処は、燃料に遠く風も強くて露営には適せぬ。北に登る四丁で三角点の立てる一峰、標高三千七十米突、主峰の北々東だ、が北穂高岳「信飛界、空沢岳《からさわだけ》(宛字《あてじ》)、嘉門次」と命名しておく。
櫓の下より東に向いて、数十丈の嶮崖を下らねばならぬ、ここが第一の難関、相悪《あいに》く大降り、おまけに、横尾谷から驀然《ばくぜん》吹き上ぐる濃霧で、足懸《あしがか》りさえ見定めかね、暫時茫然として、雨霧の鎮《しず》まるを俟《ま》てども、止みそうもない、時に四時三十分。今朝出がけには、槍の坊主小屋あたりに泊《と》まる考だのに、まだその半途、今日はとても行けぬ、しかしこんな峰頂では、露営は覚束《おぼつか》ない、ぐずぐずしていると日が暮れる、立往生するのも馬鹿げている、かように濡《ぬ》れては、火が第一番だから林
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