となったものであろう。
 連日の雨もようやく上ったらしいので、同行の藤島君とともに十一月十六日に東武線の浅草駅を出発した。相老《あいおい》で足尾線に乗り換え、原向《はらむこう》で下車したのは午後四時近くであった。渡良瀬《わたらせ》川が少し増水して橋が流れ、近道は通れないとのことに本道を歩いて原に着いた。自分らは五万分の一足尾図幅に、原から根利山に向って点線の路が記入してあるので、それを辿《たど》って先ず国境山脈に攀《よ》じ登り、南進して千九百五十七米の三角点をきわめ、引き返してその北の一峰から西に沢を下り、地図の道に出て砥沢に行き、翌日何処からか皇海山に登ろうという計画であった。それで原に着くと早速路傍の人を捉えてはこの道の状況を訊ねた。結果は例のごとく不得要領に終ったが、若い人たちは有ると言うた。どうせ明日になれば分ることだから心配もしない。
 原には宿屋がないので、五、六町北のギリメキまで行って越中屋というに泊った。他にもなお越後屋、石和屋というのがある。いずれも木賃宿より少し上等という程度のものに過ぎない。
 砥沢から来たという男と同室した。その話によると国境には切明《きりあけ》があって、六林班から半日で皇海へ往復される。上州峠の上州側には六林班の鉄索運転工場がある。今は其処の伐採中で、八林班の方は既に植林済みとなって、人は入っていないとのことであった。思ったより楽に登れそうなので喜んだ。寝しなに雨戸の隙間からのぞくと灰色の鱗雲《うろこぐも》が空一面に瀰漫《びまん》して、生ぬるい風が吹いて来る。あまり面白くない天気だ。
 明《あ》くる十七日の朝六時四十分に出発した。空は曇って少し霞んでいる。原まで戻って尾根に登る道の入口を尋ね、畑の間を通り抜けて、山の側面をやや急に二百米も登ると尾根に出た。七時十分である。いい道だ、殊に尾根に出てからは一層よく、左右は唐松の植林である。靄が次第に深くなって附近の山がぼうと遠のいて来たと思うと雨がポツポツ落ちて来た。八時十分には千二百二十六米の三角点の下に着いた。このあたりは尾根が広く平で高原状を呈し、植林の道が縦横に通じている。もうこの附近から木の葉は皆落ちていた。小屋で二十分ほど休んで八時半に出発する。暫《しばら》く登って尾根に出ると右の方にも道が通じている。何気なくそれを辿って行くと、しだいに右に迂廻《うかい》して少しずつではあるが、しだいに下って行く。右手の谷間には人家が現われた。小滝や銀山平であるらしい。八、九町も逆戻りするのは億劫《おっくう》であるから、左手の水の流れる窪を択んで、二丈近く伸びた唐松林の中も尾根の方へと登った。この登りは邪魔が多いので困難であった。登り着いた所は千四百四十九米の附近であったようである。此処からは道幅がますます広くなって九尺位もあったように思う。あるいは防火線を兼ねているのかも知れぬ。少し下ると今度は真直ぐな長い登りが続いて、五一、五二林班と記した杭のある所で、幅の広い道は終って、そこから左に幽《かす》かな小径が通じている。二、三尺もある枯すすきや小笹の中を押分け登って、千五百九十三米の三角点に達したのは十時であった。
 雨はようやくしげく霧さえ加わって全く眺望を遮断《しゃだん》してしまった。十五分ばかり休んで出発。左側をからみ廻って一高所を踰《こ》える、雑木が繁って笹の深い所があった。まもなく唐松の林中でふっつり道は絶えてどうしても続きが分らない。千六百八十米の圏を有する山の南側であることはたしかだ。雨が強く降り出して来た。十二時近いので昼飯をすまし、少し下り過ぎたように思ったので、下草の枯れた林の中を濡れながら登って頂上の笹原に出た。そこには広い上に笹が深いので容易に路が見当らない。二人で三十分もかかってようやくそれらしいものを探しあてる。下ってまた登り、一小隆起を超《こ》えて、小高い山の右側を廻り、ちょっとした鞍部に出る。ここまではとにかく地図の点線の道とほぼ一致した処をたどって来たに相違ないと思う。地図ではここから道が尾根の北側を廻って、今までと大差ない路跡がついている。もっとも樺や笹がかなり生えているので歩行を妨げられるが、藪の中よりはずっと楽である。しかもほとんど等高線に沿うた路で、きわめて緩徐な登りであるから、歩いていてもそれと認められないほどである。始《はじめ》はこの道も地図に表わせない程度に右に廻ってから、尾根に出るものと思っていたが、行けども行けども同じような路の連続で、ただ悪いことには笹が追々にひどくなって来る。ここに至て地図の道とは全然違っていることを確めたものの、もうそのまま前進するより外に仕方がない。とかくして路は岩石の露出したかなりの水量ある沢に突当って全く絶えてしまった。あたりに木を伐った痕《あと》がある。沢を横切っ
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