平と思い込んだが、それにしても只見川を踰《こ》えたはずがない、小一時間もうろついてようよう見当が附いた、マツクラから二里ばかり行くと魚釣りの小舎があると聞いていたが、自分も人夫も二里と呼ばれている処を、まさかに朝の六時から十時間もかかって其処《そこ》へ出たとは、最初の中《うち》はどうしても考えられなかった、それから只見川へ出て川を溯って行くと、左の山側に登る路があってそこを登った時には、真暗になって足下も見えなくなって来た、その夜はここに野営して水に遠いので一飯を抜くことにして睡《ね》むった。
 二十一日は五時二十分に出発した、路は明瞭な細径となって七時に峠を下った、ここで昨日の夜食と兼帯な朝飯をして九時五十分にこの地を離れた、間もなく尾瀬沼へ出て燧岳の登山口を過ぎて十時五十分に長蔵小屋に着いた、昨年の小屋は岩代の地籍にあったが、本年は上野の地籍に山中としては贅沢過ぎるほどな、旅店風の大家を新築している最中であった、自分はそこから日光の湯本へ向ったが平ヶ岳の紀行はこれで結末とする。
 平ヶ岳に登るには初冬の頃がよいと思う、白沢の水量も減じていようし、熊笹や雑木の勢いが夏期のように旺盛で
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