平の人々は只見川をアガ川と呼ぶのである。
 自分が銀山平へ着いたのは十五日の午後二時であった、白井はこれから岩魚《いわな》を釣りながら途中まで出迎う意でいたが、馬鹿に早く来たものだと驚いていた、間もなく檜枝岐から人夫が来た、自分はなるたけ同じ道を通ることを避けるのであるから、今度は平ヶ岳を下って只見川の上流から尾瀬沼へ抜ける考えでいた、そこで人夫の経済上からとその路に詳《くわ》しい者を、檜枝岐から雇うことにしてあったのである、ところが白井が依頼して遣《や》った意味が疏通しなかったと見えて、檜枝岐から来た人夫は平ヶ岳で案外時日がかかるので、蕎麦蒔きに遅れるからと断って帰った、白井が百方苦慮してくれたが、只見川から尾瀬沼に行く路に詳しい者がない、人夫の中の星定吉が一度通行した事があるというのを頼みにして、十六日の午前七時にいよいよ平ヶ岳に向うて出発した。
 高橋農場から只見川に沿うて二十町ばかり行くと、往昔銀鉱採掘時代の遺跡である所の、墓場や採掘の場所跡などがある、浪拝と墓場の間には恋岐沢が平ヶ岳から来て只見川に注いでいる、平ヶ岳からこの沢に下ることは出来るが、この沢から平ヶ岳に登ることは
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