、もう一驛さきまで徒歩することにした。然し二里半だと聽いたのが、實際、四里あつたには閉口した。
 一里ばかり海岸を行き、それから山道に這入ると、日高の國境を越えて、十勝になる。僕等は足は勞れて來るし、日暮れには近くなるし。薄暗い低林の間の、アイノが毒矢にぬるブシ(とりかぶと)が立ち並んだ道路に進み、屡々小川を渡る度毎に、おやぢが出はしまいかと心配した。
 僕は樺太の山奧に入る時、熊よけに、汽船から借りて來た汽笛代用の喇叭《らつぱ》を吹いたが、さういふ用意がないので、僕は下手な調子で銅羅《どら》聲を張りあげ、清元やら、長唄やら、常磐津から、新内やら、都々逸やらのお浚ひをして歩いた。その功徳によつてか、幸ひ、おやぢの黒い影も白い影も現はれなかつた。
 然し猿留山道の七曲りに似た九折道を登る時などは、唄も盡き、聲もよわり、足も亦疲れ切つた。これを越えれば、もう直ぐだらうといふを力にして、やつとのことで山の背まで達し、それから勾配のゆるい下り坂になつたが、今度はまた非常に喉が渇き、からだ中びしよ濡れの汗が氣になる樣になつた。
 然し道に澤山生えてゐる小萩が、葉毎/\に露を帶びてゐるのは、それを
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