見るだけでも實に氣持ちがよかつた。僕等は國境を越える時鳥渡雨に會つたが、それがこちらでは非常な降りであつたらしい。その名殘りで、道もしぶ/\してゐるし、萩の葉毎には觸れてこぼれる白露が置いてゐたのだ。
その露を踏み分けて進むと、そのこぼれが靴を通して熱した足にひイやりと浸み込む。それが僕等にはコップで冷水をがぶつくよりもうまい味であつた。
中下方の農村
日高の中下方《なかげはつ》には、僕の子供の時に聽かされた記憶を呼び起す淡路團體の農村がある。
王政維新の頃、淡路に於て稻田騷動なるものがあつた。阿波藩の淡路城代稻田氏が藩から獨立しようとする逆心あると誤解し、阿波直參の士族どもが城代並にその家來を洲本の城に包圍した。
そんなことがあつたのが動機になつて、稻田氏並にその家來の一部は、明治四年と十八年との兩度に、北海道に移住してしまつた。渠等《かれら》には、淡路をなつかしい故郷と思ふ樣な氣はなくなつた。といふのはかの騷動の時、渠等のうちには、その妻女は直參派の爲めに強姦されたり、妊婦はその局部を竹槍で刺し通されたといふ樣な目に會つてゐるものがあるからである。
この鬱忿並
前へ
次へ
全9ページ中5ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
岩野 泡鳴 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング