独《ひと》りではお寂しかろ、婆々《ばば》アでもお相手致しましょう」
「結構です、まア一杯」と、僕は盃《さかずき》をさした。
 婆さんはいろんな話をした。この家の二、三年前までは繁盛《はんじょう》したことや、近ごろは一向客足が遠いことや、土地の人々の薄情なことや、世間で自家の欠点を指摘しているのは知らないで、勝手のいい泣き言ばかりが出た。やがてはしご段をあがって、廊下に違った足音がすると思うと、吉弥が銚子《ちょうし》を持って来たのだ。けさ見た素顔やなりふりとは違って、尋常な芸者に出来あがっている。
「けさほどは失礼致しました」と、しとやかながら冷かすように手をついた。
「僕こそお礼を言いに来たのかも知れません」
「かも知れませんでは、お礼になりますまい!」
「いや、どうも――それでは、ありがとうござります」
と、僕はわざとらしくあたまを下げた。
「まア、それで、あたい気がすんだ、わ」
 吉弥はお貞を見て、勝利がおに扇子を使った。
「全体、まア」と、はじめから怪幻《けげん》な様子をしていたお貞が、「どうしたことよ、出し抜けになぞ見たようで?」
「なアに、おッ母さん、けさ、僕が落したがま口を
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