が一つあって、そこに大きな姿見が据《す》えてある。お君さんがその前に立って、しきりに姿を気にしていた。畳一枚ほどに切れている細長い囲炉裡には、この暑いのに、燃木《まき》が四、五本もくべてあって、天井から雁木《がんぎ》で釣《つ》るした鉄瓶《てつびん》がぐらぐら煮え立っていた。
「どうも、毎度、子供がお世話になって」と、炉を隔てて僕と相対したお貞婆さんが改まって挨拶《あいさつ》をした。
「どうせ、丁寧に教えてあげる暇はないのだから、お礼を言われるまでのことはないのです」
「この暑いのに、よう精が出ます、な、朝から晩まで勉強をなさって?」
「そうやっていなければ喰えないんですから」
「御常談《ごじょうだん》を――それでも、先生はほかの人と違って、遊びながらお仕事が出来るので結構でございます」
「貧乏ひまなしの譬《たと》えになりましょう」
「どう致しまして、先生――おい、お君、先生にお茶をあげないか?」
 そのうち、正ちゃんがどこからか帰って来て、僕のそばへ坐って、今|聴《き》いて来た世間のうわさ話をし出す。お君さんは茶を出して来る。お貞が二人の子供を実子のように可愛がり、また自慢するのが近処
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